●「モアレこそ
マンドリン・オーケストラの特質である。
ポジティブにとらえた時に、新しい世界が拡がる」
ーーマンドリン・オーケストラの特質を考える時、楽器にフレットがあるというのは、合奏では、ピッチをピンポイントで合わせないといけないはずだから、これはとっても難しいのではないですか? 合奏で鳴る音の色合いというか倍音の出方まで決められるような、制御もできるかもしれませんが、それはかなり高度なことでしょうし・・・。これに対してバイオリンのようなフレットレスだと、周りの音に対して、瞬時に、みんなで合わせていくことが理屈では可能だと思うんですが。現実にはみなさん、ピッタリなんだと思うんですが。
笹崎:これはどういう面から考えるかによりますが・・・。
ーーでは、まずピッチはそう大きな問題ではないですか? デジタルチューナーも浸透してますし。
笹崎:そもそも、マンドリンの弦が2本で1セットである時点で、すでにピッチが全員ぴったり合うということはないと思うんです。また、フレットがある時点でピッチが制限されますよね。ピッチの問題はフレットで解決されているように感じるかもしれませんが、ほんとうは奥深い問題だと思いますよ。ただ、大人数で演奏するときはピッチは平均律のまわりで確率的な分布をしますから、弦楽合奏と同じように、群としてのピッチになる、ととらえるようにしています。
ーーああ、そういういうことですね?
笹崎:ピッチでは、逆に全部がピンポイント的に合っていると、気持ち悪いと思っています。というか、かえってつまらないですし。
ーーそれはどういうことですか?
笹崎:ピッチにしても、トレモロの回転数にしてもそうなんですが、モアレが起きる瞬間が僕は好きなんですね。モアレってご存知です? 印刷物で失敗しちゃったときに写真に縞模様が出たりしますよね。あれです。周期のずれによる現象なんですけど。マンドリン・オーケストラはこのモアレを前提としたときにおもしろい世界が拡がると思うんです。モアレを排除する考え方もありますが、僕はもったいないなあと思います。
僕は編曲もやりますが、実際の奏者でもあるので、そのへんを実演でも工夫しているんです。マンドリンは複弦ですよね、二本で1セットになっている。この二本を、もうわからないくらいズラしてセッティングするんです。コンマゼロ以下のヘルツですが。
ーーすごい話ですね。
笹崎:でもそれで、感覚的に「ぴた」っとくる瞬間があるんです。
ーーチューナーのメーターには出て来ない数値の世界の話ですね。
笹崎:出て来ないですね(笑)。ちょっとでも間違うと悲惨なので、この感覚がわかる人にしかお勧めしません(笑)。
ーーひょっとしてトレモロの回転数も?
笹崎:そうですそうです。合奏の場合は、ほかの人とあえてトレモロの回転数を合わせないようにするときがありますね。もちろん、使いどころは曲や部分で慎重に決めますけど。トレモロの開始で1回目と2回目の単打の間を0.5回分だけ間をあけたり、トレモロの最後だけ1回分多く入るように速めたり。こうすると、人工的にモアレが発生しやすくなります。使いどころ含めて技術的にも難しいので、これもほかの人にはお勧めしません(笑)。
響きや弾き方の話は、けっこう伝わりにくいですよね。やはり、実際に見たり聴いたりしてもらうのがいちばんです。それから、楽団としては、練習の見学を受け付けていたり、サンプル音源を作って関心のある方に配るなどしているので、そんな機会を利用していただくのも、さまざまな発見をしていただけく手がかりになると思います。
※モアレ:日本語表記ではモワレとも書く。フランス語moiréが語源。モアレは干渉縞ともいい、規則正しい繰り返し模様を複数重ね合わせた時に、それらの周期のずれにより視覚的に発生する縞模様のこと。下の図で横にひと筋白い線が見えるが、これは図形の重なり具合によって生じたもの。音、音響、音楽でも同様の現象が起こる。
(つづく)
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